第壱章

Chapter


「うわ~ん、ナガレがいじめたぁ~」

「いじめてません」

「ナガレはおれっちのことが嫌いなのォ……??」

「そういう問題ではなく。これは、あなたの仕事ですから」

「ケチー!!ナガレのバカー!!」

「どうとでも言ってくださって結構です。なので、これはお願いし
ますね」

細く開いた扉の隙間から聞こえる大きな言い争いには、しかし誰も足を止めなかった。

 そのすぐ前の廊下を歩くのはこの屋敷で働く数人の女中くらいのものであるが、こんな言い争いは日常茶飯事なので、気にもかけないの だ。

「おれっちの仕事は、ナガレを使うことだもん!!」

「わたくしの仕事は、あなたに使われること」

「でしょ!?」

「……と、あなたに仕事をさせることです」

「うわ~ん、ナガレがいじめたぁ~!!」

 ………と、冒頭に戻る。



言い争っているのは、地下世界中央街(セントラルタウン)の長、二十二歳の香璃白鴉と、その秘書兼世話係で、こちらも二十二歳の美男 子、夕威流麗。

それぞれ、香璃白鴉(コウリハクア)、夕威流麗(セキイナガレ)と読む。

別にこの地区に住む者たちが皆このような不思議な名というわけではなく、単に彼らの親のセンスによるものだ。

何故よりによって彼らの名前がこのようになってしまったのかというと。

ハクアの父とナガレの母が兄妹なのである。

すなわち、ハクアとナガレは従兄弟関係。

ハクアは、幼い頃からいたずらっ子、けれど寂しがり屋だった。彼には、二人の妹がいる。彼女たちの名は、クルルとクリリ。……という のはハクアの呼び
名で、一般の者はリ○ちゃん人形とか何とか、そんな感じで呼んでいるモノだ。

対するナガレは美しい母の遺伝を受け継いだ好青年で、常に冷静、責任感も強かった。二年前に父親の後を継いでセントラルの長となった ハクアを、いつも
支えてきた。そしてたった一人で、長の地位を狙う悪しき者たちから、ハクアを守ってきた。彼は拳銃を常備しており、十メートル上空に ある米粒をも撃ち落
とせるほどの腕前を持っている。



「ハクア様、本日中にこれらにはサインを。それと、こちらの書類の束は、明日までに目を通しておいてください」

「イヤだってばぁ~!!ナガレ、やっといて~??」

「わたくしにはできかねます。せめて、サインくらいはやってください」

「……ヤだヨ」

「そうですか。では」

ナガレは小さな溜め息をひとつついて、素早くデスクの上の人形をつかんだ。

「本日のご夕食は、クルルとクリリのスープで」

「わあ~!!!」

慌てて回転椅子から立ち上がったハクアの背は、ナガレよりも頭半分小さい。

「返してッ!!」

「サインが終わればお返しします」

ナガレは二体の人形をサッとスーツの内ポケットにしまった。スーツの左側が、ぽっこりとふくらむ。

「クルルとクリリを人質にするなんてェ……」

「さあ、ご夕食までに終わらなければ、本当にクルルとクリリがスープになりますよ??」

「えー!!さっき今日中って言ったじゃんッ!!」

焦ったように書類に向かってサインを始めるハクアに、ナガレは小さく微笑んだ。



太陽系第三惑星、水の星、地球。

生命が誕生した先カンブリア紀。そこから新生紀の中の、いわゆる人類時代に突入するまで、地球とは確かにそういう星だった。

けれど人類が誕生し、火を使い始め、多くの戦いをし、人工物を作り、自然を破壊し、人類の「文化」に地球が支配された二十一世紀も後 半、ニ〇九五年。

ついに地上から、人類が消えた。

陸地はどこまでも砂の大地へと化し、温かい海水が大地を削り、地球の表面温度はどこも三十度を越す。空にぽっかりと大口を開けた見え ない穴から力強い
太陽のエネルギーが降り注いだ。

こうして愚かな人類の多くは死滅し、生き残った者は皆、地下へと追われるようにして、暗いそこに住み着いた。

闇を恐れる人間は人工的に、陽光によく似た光を創り出して、地下中を明るく照らした。

その地下生活を成功させた者は土やコンクリートで小さな家をつくり、また失敗した者は、街の路地裏であっけない最期を迎える。

おかしなところはそれだけで、地上にいた頃の暮らしと、さほど変わりはない。

太陽に似た光でさえ、毎日決まった時間でこそあるが夜があけるようにだんだん明るくなるし、日が沈むようにだんだん暗くなる。雨だっ て、人工的に創り
出されて降る日もある。植物だって育つし、生き残っていたらしい動物たちも、最近は増えているようだ。

生きていられればいい。

そんな世界だった。



「“南地区で妊婦連続殺人、二十六歳の男を逮捕”……ったく、なに考えてんだかね。近頃の若いガキどもは」

ハクアは読んでいた新聞を折り目通りにたたみ、デスクの上にパサッと置いた。食後にナガレが持ってきた珈琲に口をつける彼の顔は、ひ どく渋面だ。

「二十六歳で若いのなら、あなたはもっと若いですが」

書類から解放された方がまだ大人っぽい主人に、ナガレは苦笑いする。

「ねえナガレ、どうして妊婦ばっかり狙ったんだろォね??」

こども口調に戻って、ハクアは問う。彼は妙にこどもっぽいか、妙に大人(年寄り)っぽいかのどちらかだ。“年相応”というものを知ら ない。

「子供が増えると人口が増える。人口が増えると一人当たりの食料が減る。南地区は地下世界で最も人口の多い街だから……と、以前申し 上げませんでしたか」

「覚えてないもーん」

何とか夕食になることを免れたクルルとクリリの服を弄びながら、ハクアはぷうっと頬をふくらませる。 そして、ニヤッと怪しい笑みを 浮かべた。

「わぁい、フフフっ……」

クリリの服のボタンに指をかけたハクアの頭に、盆が降った。

『ゴツン』

「やめなさい、ヘンタイ」

「いったぁ~!!なにするんだよナガレッ!!主人に向かって失礼だぞっ!!」

「たった今、勤務時間が終わったからいいんデス」

ナガレは言いながらネクタイをゆるめ、片手で襟元のボタンを二つ外した。

時計の針は、午後九時を示している。

「ったく、ハクアは興味を持つべきモノが間違ってるよ、絶対」

数秒前とは全く異なった口調でハクアを叱り、長い足を交差させて壁に寄りかかった。

「でもさ、でもさ、ナガレっ、お年頃だよ??思春期だよ??いろんなことに興味を持つことは、素晴らしいじゃないかぁッ!!」

「興味??ハクアと同じ物に持つくらいなら、そんなの、ドブネズミにでもくれてやるよ」

「もう、ナガレってば!!照れちゃってるしィ」

「どの辺が照れてるように見えるのかな??いい加減にしないと、クルルを撃つぞ」

懐から本気で拳銃を取り出したナガレだがハクアは全く動じず、素早く人形を左手に持って軽く振った。

「撃ってみなよぉ。外したら、おれっちに当たるよ??」

「……おれもなめられたもんだな。いいのか、撃っても??」

「……やっぱダメ」

ナガレなら本当に発砲し、しかも確実に、難なく人形の左胸を撃ち抜くだろう。……撃ち抜いた先に、ハクアの体がないような瞬間を見極 めて。

「……ごめんなさい、もうバカにしたりしないので、許してください……」

どちらが上の身分かわからない。ナガレは大きく溜め息をついて、拳銃をしまった。

「ねぇナガレ」

ハクアの甘ったるい声に、耳をふさぎたくなる。

「ナガレってばぁ」

「……」

「ナぁガぁレッ!!」

「……何」

「お風呂入りたぁい」

「どうぞ」

「じゃなくてっ!!」

ハクアは足をバタバタと振り、デスクにぶつけて「あいたっ!!」と叫んだ。

どうして落ち着いて座っているというただそれだけのことができないのか、ナガレには不思議でならない。

「ナガレ、お湯入れてきてって言いたいのっ!!」

「……なんで、おれが??」

「ナガレの方が、足長いから」

「や、意味分かんないし」

「ナガレの方が、早くお風呂場に着くでしょっ!!」

「いく気がないから、永遠に着かないと思う」

「もうっ、どうしてナガレはそうなのかなぁ」

「そうって」

「疲れた時に不機嫌になるの。最近激しいよ??」

誰のせいだと問いたくなったが、口を開きかけてやめた。ハクアと話すと、疲れる。

何が起こるか分からない世の中。明日の同じ時間に生きていられるかどうかも定かではない。でも生きている限り、疲れることは間違いな さそうだ。

ナガレは溜め息をついて、寄りかかっていた壁から背を離した。

「あっ!!やっといく気になってくれたぁ??」

「寝る」

「じゃあよろしくねン」

「寝る、って言ったんですけど」

「なに、おれっちのこと誘ってるのォ??やァ、どぉしよぉ」

「悩まなくていい」

「……悩まないで、自分の気持ちに素直になれってことぉ??じゃあ……」

ナガレは再度溜め息を吐き、「もう喋んな」と、勤務時間なら絶対に言えない命令の意図の滲んだ台詞を放って、部屋を出た。



「ナガレ~」

「何だよ。寝るって言っただろ。出て行け」

「えぇ~……ナガレは寂しくないのぉ??おれっちがいなくても……??」

「寂しくはない」

「寂しくは、ってどういうことぉ??」

「不安」

「えっ!?」

「静かになりすぎて永眠しそう」

皮肉で言ったのに。

「そォでしょッ!?だから、おれっちがずっと一緒にいてあげるからねぇン!!」

ハクアが急に巨大化し、抱きつくように覆いかぶさってくる。動けない。

「ナガレ~!!大好きィッ!!」

「やめろぉ…っ!!」



―…… 

悪夢だ。人生最大の悪夢だ。間違いない。

いつもの通りスーツを着てネクタイを素早く締めてから
、その日最初の溜め息をつく。

昨日あんなことがあったからだ。夜に、ハクアに遊ばれたからだ。

目覚めの悪い、冴えない顔を自ら叩き、隣のハクアの部屋の前に立つ。

刹那、背筋にぞくり、と悪寒が走った。

最近毎朝起こるこの現象に、ナガレは“ハクア拒否症”という名をつけた。今のところ、感染症ではない。その点では、まあまだ安心か。

意を決してノッカーを上げた……手が、止まった。

中からぶつぶつと、ある一定の音程で何か聞こえてくる。ハクアが自分より先に起きていることなど、滅多にない。

「……お経……??」

否、そんなはずもない。ハクアは“お釈迦様”より“キリスト様”という名の響きを好いている。そして、

「キリスト様よりメソポタミア様ッ!!」

……だそうだ。 意味がわからない。とりあえずそんなわけで、経であるはずがなかった。

だとしたら、この声は??

ナガレは口元を引きつらせた。 またか。またあの妹たちと、一人で、話しているのか。

『コンコン』

「失礼いたします」

気味の悪い一人遊びを阻止するべく、いつもよりも大声で言ったのだが。

妹たちは、ベッドの上にちょこんと座っていた。そしてハクアは。

なんと、デスクの前に座って、何か考えている。ありえない。今日は何が降るのだろう。                  天気管理 局のお偉いさん
が、もしかしたら今も宇宙に放置されている役に立たない人工衛星を、降らせるつもりなのかもしれない。

それほど、あり得ない、というより、あり得てはならない光景だった。

「あれぇ??おはよぉ、ナガレ。どぉしたの、そんな所に突っ立って。もうオシゴトの時間でしょ??」

「はい、申し訳ありません……ハクア様」

「んー??」

「……なにをお考えになっておられるのですか……??」

「え??考えてないヨ。おまじないしてるだけ~」

「はあ……おまじない??」

「ん」

恋人ができるおまじないか。背を伸ばすおまじないか。……仕事が勝手に片付くおまじないか。

「あのねー、セントラルの住人たちの望みが、叶うおまじない!!

間違いない。今日は空が、降ってくる。

「……なぜいきなりそのような……??」

「いやァ、たまたま思い出しちゃってねぇ。ほらー、聞いたことあるしょ??おれっちたちが生まれる前に流行った映画の曲」

「……映画??」

そういう娯楽自体、久しぶりに耳にした。

「映画の曲がおまじないなのですか??」

「うん」

「どのような曲です??」

「えっとねぇ、曲名もおまじないになってるんだよ。うーんと……コホン。スーパーカリフラワースティックエスプレッソゴージャス!!」

「……もう一度言ってください」

「スーパーカルフォルニアチックエックスピカリンドーナツ!!」

「……もう一度」

「スーパーカレーフライリスチックエッグスピンアリオーシャン!!」

「あの」

言いたいことは分からないでもないが。

「おまじない、毎回違っていますが??」

ここまでくるとまじないじゃない。呪い、呪詛だ。

「そんなことないよォ??でもさっ、こういう映画の曲、あったよねっ!?」

「ありません」

朝から仕事をしているのかと思いきや、自分の街の者たちを呪っていたとは。

「えー、あったよっ!!ナガレは記憶力がないんだからっ!!んっとにもぉ!!」

記憶力がないのはおれじゃない。ナガレはさすがにプチンときて、一息で言った。

「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」

「……スーパー…ボウフラ……??」

「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」

「……なにそれ??」

「あなたが今、言おうとなさっていた言葉です」

「え、そう言ったよっ!?」

「いえ、一度たりとも。……というか今、“なにそれ”っておっしゃいませんでした??」

「言ってない言ってない」

もういい、もうかまっていられない。ナガレは手を伸ばし、ハクアのデスクにあったベルを振って鳴らした。

「あーっっ!!それ、おれっちしか鳴らしちゃダメなのにッッ!!

無視して再度ベルを振ると、軽いノックとともに、一人の女中が入ってくる。

「おはようございます、ハクア様。お呼びでしょうか??」

「んー、ナナちゃん、今日も可愛……」

「ハクア様にご朝食を」

ハクアを遮ってナガレが言うと、女中は、「はい、只今」と言って出て行った。

「ナガレ!!怒るよっ!!いくらキミでも、立場をわきまえないなら、路地裏のゴミだめに捨てるよっ!!」

おれがいなければ、あんたは殺されるぞ。そう言いたい気持ちをぐっとこらえる。今まで数々の刺客からタウンの長を守ってきたのは、ナ ガレだ。しかも女
中を口説くのを止めただけで捨てられるなんて、身分濫用もいいところだ。

けれど、これが地下世界なのだ。弱肉強食の世界、これが。

ナガレはキュッと下唇を噛み、地下世界で忠誠心を表すために行われる、横にした人差し指を唇に押しあてる動作をしてから、ゆっくりと 頭を下げた。

「……申し訳ございませんでした……ハクア様」

事実、ハクアの地位に助けられたことは幾度となくあるのだ。失念してはいけないことだった。

「いいよン、ナガレがいなかったらおれっち生きられないしさっ!!許すゥ!!」 

ナガレは静かに息を吐き出した。もし主人がハクアでなかったら、きっと自分は無礼者として殺されていた。

それほどのことをしてしまったのだと、今更ながら気づく。

従兄弟と主従関係というのは、どうも慣れない。どこまでが勤務時間中でもしていいことで、どこからがタブーなのか、よく分からないの だ。

「あ、そうだナガレ~。セントラルタウンの真ん中に建設計画があるビルの資料、どこだっけぇ??探してもないんだよねェ」

ハクアも気まずさを感じたのか、珍しく自ら仕事の話を持ちかけてきた。

「それでしたら、わたくしの部屋にございます。お持ちしますか??」

「ん、よろしく頼むよぉ」

「かしこまりました」

一礼して部屋を出、その三秒後には自分の部屋の資料棚をあさっていた。

「セントラルビル建設計画書……計画書……あった」

数枚の紙を引っ張り出し、ぱらぱらと中をめくりながら、再びハクアの部屋の前に立つ。……と。

閉まった扉の向こうの気配に、ナガレはふと眉を顰めた。

上手く言えないが……なにか、おかしい。

そんな予感がする。

次の瞬間。

『パアン……!!』

部屋の中から、乾いた銃声が響いた。

「ハクア様!!」

ノックもせずに扉を蹴り開ける。同時に計画書を放り投げ、腰の拳銃を素早く構える。

壁に張り付くように立ったハクアの前に、二人の男が拳銃を構えて立っていた。うちの一人がナガレに気づき、こちらに銃口を向ける

一番嫌なパターンだ。ナガレは小さく舌を鳴らす。ハクアは丸腰で銃を突きつけられているのに、ナガレはもう一人の敵とにらみ合ったま ま動けない。ハク
アの命は、風前の灯火だ。

しかも。

「よりによって……」

ナガレは二人の男の持つ拳銃をちらっと見て呻いた。自動回転式。連続して何発も撃て、しかも命中率を上げるため、銃口と本体内部、主 に弾倉あたりに細
工がしてあるという代物。最近広く、闇ルートで出回っているらしい。玩具気分で振り回す、バカな若者に人気だとか。

普通の者なら慌てるこの状況でも、しかしナガレは冷静だった。ちょっとやっかいだな、と思いはしたが。

自分の構えるこの拳銃も、悪くないモノだ。ナガレ自ら改良を加え、割と良い出来になった自動回転式、オートマティック。これを操る腕 も、動体視力も、
この物騒な時代に乗り遅れないくらいは優れているだろう。そうでなければ、長を今まで守り通せてこられるはずがない。

多少そう腹をくくりながらも、油断はしない。謙虚に戦うこと、過信しすぎぬこと。今までこの冷静さで、あらゆる戦いをしてきた。

「……なんのつもりだ」

低い声で問うと、ハクアに銃口を向けた方の男の口元が、わずかに横に伸びた。

笑ったのだ。楽しそうに。

「あっしらに、家を与えてくださるんだ……!!」

「―誰が??」

「セントラルを乗っ取ったら、あっしらは自由だッ!!」

こいつは、おかしい。頭が。頭の中が。

いわゆる、ヘンナヒト。

ハクアも同じことを感じたらしい。「おれっちと同類だ……」と呟いていた。

それは自ら言うことではないだろう。ナガレは心の中で苦笑いしながら、大きく息をついた。カケに出るしかない。自分の身は多少危険に なるかもしれない
が、そんなことを気にしていたら仕事にならない。

「銃を置きな。じゃないと、相方が長を撃っちまうぞ」

ナガレに銃を向けている方の男は、まだ少しまともなようだ。真剣に脅してくる。ナガレは言われるがまま、拳銃を床に置く…

と見せかけ、素早く構え直して発砲する。同時に、ハクアの方へ走る。

ナガレの銃弾は、ハクアを狙っていた銃を粉砕していた。頭のおかしい方が、驚いたように、自分の手の中の黒い欠片を見つめている。

「バカ野郎!!」

怒号とともに背後で銃声が響いた時、ナガレはハクアを床に押し倒した。

「予備の銃を出せ!!」

「あっし、持ってないです」

おかしい方の言葉に、まともな方の男は舌を鳴らした。

「使えねぇヤツだ」

この会話の間にも、男は発砲し続けていた。運良く、相当怒り狂っているのか狙いもめちゃくちゃで、ハクアに覆いかぶさっているナガレ の背を掠めたもの
が一つあるだけだった。

けれどこれ以上怪我をしたくない。人間、少しの痛みでも動きが鈍るものだ。ナガレは右手にある銃を床に置いたような状態のまま、勘に 任せて後方へ発砲
した。

背後からの銃撃が止んだ。

たった一発の銃弾は床すれすれを飛び、男の足首を貫いたのだ。

「旦那!!」

おかしい男が、床に倒れる男に駆け寄る。

「旦那、大丈夫ですぜ!!あっしが今……」

声はそこで途切れた。起き上がって男の背後から近づいたナガレが、拳銃のグリップでそいつの後頭部を強打したのだ。

音も立てずに床に倒れたオカシイヤツを蹴り避け、ナガレは足首から血を流している男の眉間に銃口を押し当てた。膝で、男の胃の当たり をおさえる。

「……いきなり入って来るなんて。ハローの一言くらい言ってくれてもいいじゃん」

ナガレの横に立ったハクアが、息を乱す刺客を見下ろす。これはハクアの仕事だ。ナガレは口を閉じたまま、ハクアが何か指示を出すまで 待つことにする。

「それで??キミタチどこのコ??」

「……」

「ちょっと、聞いてんだけどさァ。そぉやって、普通にスルーされんの、おれっち一番嫌いなわけね。うんとかすんとか、とりあえずなん か言ってくれ
るぅ??」

「……」

「……ねェ、こういう時ってさ、“うんすん”とか、ちょっとふざけてみるもんじゃないの??」

「……」

「……ふうん」

ハクアは、口元に恐ろしい笑みを浮かべた。

「お前、僕のこと怒らせたからね??もう情けなんてかけないよ」

ふいに男の上にかがみ込み、その首筋に手を添えた。それだけのように見えたのに、男は息を詰まらせて瞠目した。

「結構苦しいでしょ??って言っても、自分にやったことないから分かんないけど。でも大丈夫。これで死ぬことないから。逆に言うと、 苦しむ一方ってこと
なんだけどね。それでも吐かない気??」

「……」

「そう」

ハクアは緩慢な動作で手を離して立ち上がった。

「もう喋れなくしていいよ、ナガレ。でも殺しちゃダメだよ。死より惨いことを、教えてやるんだから」

命令通り、拳銃を持ち替えてグリップでこめかみを軽く殴る。それだけで男は白目を剥いて動かなくなった。

「……いやァ、ホントに今回はダメかと思ったよォ、おれっち」

数秒前の冷酷な口調が、いつものふざけたそれに戻る。

「……ていうかナガレ、背中……痛そうだよ??」

「かすり傷です」

実際に自分で確かめたわけではないが、きっとその程度だろう。あくまでも冷静だ。

「ハクア様、お怪我は??」

「んーん、だいじょぶグッジョブ、問題ナッシング。ナガレが入ってくる前に撃たれた一発は、壁にめり込んだだけだったし」

「この男たちはどういたしますか??」

ナガレの問いにハクアが悩んだのは、ほんの一時だけだった。

「ダンボールにつめちゃって」

「ダンボール……ですか??」

「ウン」 

一見すると愛らしい表情で淡く笑み、小さく頷いたハクアの、その仮面の裏にある冷淡な素顔を、ナガレは知っている。だからハクアがさ らに詳しく命じよ
うと口を開いた時、身を硬くした。

「強度の高いダンボールに入れて、しっかりテープで閉じて、いくつか空気孔を開けておいて。辛うじて空気が入るくらいでいいから」

身構えていたナガレは、拍子抜けして幾度もまばたきした。ハクアにしては慈悲深い。自分が殺されそうになったというのに

けれどそう思うには早すぎた。

「それでねェ、箱詰めが完成したらァ、“食用肉”のレッテルはって、遠くの路地裏に捨てといてぇ」

そのあとはどうなるのか。ハクアに説明されなくても、考えるのは容易い。

“食用肉”の文字を見た路地裏の死にかけた人間たちが、我先にとダンボールにたかる。けれどその中には怪我をした男が二人。火もない この路地裏で、どうやってこんなモノを食べればよいのだ、これをここに置いたヤツは、自分たちをバカにしている、ということで、箱を置いた本人、 ナガレもしくはハクアに
対する怒りを、男たちにぶつける。

容赦なくさらに重傷を負わされた男たちは、しかし動けるはずもなく、放置される。不清潔な路地裏で傷口に菌が入り、苦しみながら死ん でゆく。腐ってゆくのだ、生きながら。

「ぐっ……!!」

ナガレは体をくの字に折り、右手で口を押さえた。こみ上げてくる熱く苦いモノを、懸命に飲み下す。冷や汗が、背を流れた。

そんな様子を優しい目で見つめながら近づいてきたハクアは、ナガレの頬をスッとなぞった。

「イヤだよねェ、こんな世の中。でもねぇナガレ、この世で生きていたいなら、むやみに他人を助けようとしちゃいけないヨ??慈悲深く なっちゃダメ。ナガ
レも、分かるよネ??」

口調は甘ったるかったが言っていることはどれも真実で、鋭くナガレの心を貫いた。

「自他を思いやったら負けなんだヨ。みィんな、人間なんだから」

「…どういう……ことです??」

「んー??」

ハクアの瞳に、微かな光が宿った。

「人間、生きるためなら、いくらでも残酷になれるってこと」


三ヶ月に一度、東西南北と中央(セントラル)の長が集まり、この地下世界をどう動 かしてゆくかを話し合う会議がある。地下世界には、一つの街に百から百
五十ほどの民がいるか、いないかという状況のため、五人でいくらでも世界を変えることができる。だからこうやって集まり、この世を良 いものにするため、
知恵を振り絞った話し合いが行われているのだ。……表向きは。

けれどいつも結果的に、自分、つまり個々の長がどうやって生き延びるかという話になっていることを、民は知らない。

そして今回もまた、例外ではなかった。

「うちの地区は、税率を少しずつ上げる。民が不満を抱かないように。住まいを提供して、家賃を払わせる」

東の長はこう言った。すると西の長が

「それはいい」

と同意を示す。

「うちは逆だね。人口が多すぎるから、金を払えない者は処分する

「処分、な」

南の長の言葉に北の長は微かに笑い、続けて自信に満ちた口調で、

「うちは民に金を与え、従わせる。農作物、新しいビル、機械をつくらせる」

と、政策を口にする。「なるほど」と、ほかの長も頷く。

金、金、金。

この会話に一人だけ参加していない者に気づき、南の長は声をかけた。

「おたくはどうします、セントラル」

足と腕を組んで目を閉じたまま、その長はぴくりとも動かない。

「セントラルの長、どうするのです」

南の長は、我慢が嫌いだった。しかも東西南北の長はみな、五十代から六十代。年輩の者に対する礼儀を身につけていないのか、この若輩 は。いつもそう
思ってやまなかった。

それでも長たちがセントラルの若者にだけ敬語を使うのには、わけがある。

「セントラルの長。あなたは資金をどのように……」

「―金??」

ようやくセントラルの長は、南の長の言葉を遮るようにして呟いた。そして。

くすっと、笑った。

「バカバカしい」

目を開けて立ち上がり、ゆっくりと部屋中を歩きはじめる。その姿は、部屋にいる他の四人の長の八つの目を、しっかりと引きつけた。

それはまるで。

漆黒の同じ生き物たちの中にたった一羽だけ羽を広げる、純白の鴉のように。

美しく、そして堂々と。

窓辺に立って、そのシルエットだけを浮かび上がらせる。

「ここをどこだと思っている。生きるのに富なんか必要ない。民は自らのことで精一杯で、他人と金を突きつけ合い、モノを売買すること など考えもしないだ
ろう。本当に必要なのは、絶対不動の権力。それだけ」

四人の長の背に走る戦慄。若輩といえども計り知れない、白い鴉の正体。

彼(か)の鳴く声は、静かに、そして高らかに。

真実のみを、黒い鳥たちに告げる。

ここを、どこだと思っている。

「数十年前の地球、地上世界、すなわち天の国じゃない。地の国、地国(じごく)………地獄なんだ」



「ハクアさまぁ~??」

来るかな、と思っていたら、やっぱり来た。

「あっ、ナガレぇ!!今会議終わったとこだよ!!帰ろぉそうしよぉ~!!」

そそくさと逃げ出そうとするハクアと大きく距離を開けることなく、ナガレはぴたりとついて行く。

「何故会議であんなに真面目になれるのに、普段の仕事もそうなさらないのです!?」

「あ、やっぱり外まで聞こえてたァ……??」

「当たり前ですっ!!」

ぷんぷんと怒っている従兄弟がなんだか妙に可愛くて、ハクアはそのまま怒らせておくことにして、歩みを進めた。

意味もなく、頭に浮かんだ旋律を口ずさむ。

「口笛はナゼぇ~ 遠くまで聞こえっるっの!!

あの雲はナゼぇ~ わたァしを待ってるのっ!!

おっしィえてェ おじィ~さん~

おっしィえてェ おじィ~さんっ

おっしっえってェ~ アルミのモミの木よォ~」

「“アルムの森の木”ですけどね??」

「えっ、いいんだよ、“モミの木”で!!」

「……そうですか」

外を歩く時、決まってナガレはすぐ無口になる。あの柱の陰に、あのダストボックスのうしろに、すぐそこの壁の窪みに……ありとあらゆ るところへと神経
を集中させ、どこから現れてもおかしくない刺客に備える。

ナガレがこうしてかまってくれないのでつまらないから、ハクアは左右のポケットに一人ずつ入っているクルルとクリリに歌ってやってい た。

「口笛はナゼぇ~ 遠くまで聞こえっるっのっ!!

あの雲はナゼぇ~ わたァしを待って……

ん??」

ハクアは急に歌をやめ、立ち止まって不満そうな顔をした。

「ねぇナガレぇ~??」

「はい」

ハクアの方を見もせず、辺りに注意を払いながら、適当な返事をするナガレ。

「雲がわたしを待ってるわけないじゃんね??」

「そうですね」

「これって随分、自意識過剰だよね」

「そうですね」

「雲は風が吹けば流れて行くし。別に待ってるわけじゃないのに、勘違いしてるんだよ、きっと」

「そうですね」

「しかも、おじいさんに教えてもらってばっかりでェ、自分で学ぼうという意力が感じられなぁ~い!!」

「そうですか」

「ナガレにもあったんでしょォ、そういう時代」

「ですね」

「へぇ、あったんだ??」

「ですね」

「甘ったれだねぇ??」

「ですか」

「………」

「………」

「…もういいもんっナガレなんかっ!!」

 ダメだ。早く帰っていつものナガレを取り戻そうっ!!

ナガレの手を引いて走り出そうとしたハクアの前に、いきなり暗い影が立ちはだかった。



さっきからこのバカ長は、歌ったり騒いだりと、自分の存在を主張してしまっている。だがそれを指摘したところで言うことをきくわけも なく、ナガレは周
りに目を光らせることに集中し、ハクアの話は適当に流した。この呑気な長は気づいていないようだが、彼が酔っぱらったみたいに大声で 歌い出したときか
ら、どうも妙な気配がする。

適当に相槌を打っている間に何かおかしなことを言ったのか、ハクアにぐいと腕を引かれた。 その時。

視界の端で、何かが動いた。



「ハクア様ッ!!」



叫び声と一緒に、目の前にナガレの広い背中が現れた。頼りある背中だなァと、庇われる度に思う。

『ピキュン……!!』

耳慣れない妙な音がして、目の前のナガレの体が、ふっと揺れた。

「ナガレッ!?」

「大……丈夫です、ハクア様」

返ってきた声はいつも通り落ち着いていたが、どこか苦しそうだ。

ポタン。

微かな音に下を向くと、ナガレの足元に数滴の赤黒い液体が滴っていた。

「ナガレッ、撃たれたのっ!?」

「ハクア様、今回はまずいかもしれません。どうかわたくしの後ろから動かないでください」

ナガレの静かな声。ハクアは従兄弟がキレていると悟った。

しばしの沈黙。そして……

『カチッバン!! ピキュン!!ドサッ!!ガチャン!!』

様々な音が、瞬時に飛び交った。ナガレが撃鉄を下げるとほぼ同時に発砲する。これは、並大抵の人ができる早業ではない。その短い銃声 とともに、またあ
の耳慣れない音。続くのは、何かが倒れる音とナガレの落としたリボルバーが固い地面に当たるそれ。

ふっと視界が開け、見えたのは額を撃ち抜かれて倒れている男。

その生々しい姿から目を離し、いつの間にかすぐ横の壁に背を預けて崩れるように座り込んでいるナガレに駆け寄る。

「ナガレ!!」

白いシャツの脇腹が紅く染まっている。ナガレは左手で右肩をつかむように押さえながら、目を閉じ、顎をあげて喘いでいた。左の指の間 から、鮮血が流れ
はじめる。

「ちょっと、手、よけて!!」

引きはがすようにナガレの手を傷から離し、シャツのボタンを開けてぐいと引き下げる。

露になった右肩には、銃創とも違う、けれど抉るような傷がぱっくりと口を開け、おびただしい量の血が、先を競うように流れ出す。

ハクアは自分のシャツを脱いで無理矢理裂き、思い切り傷をしばった。ナガレの顔が、苦痛に歪む。

上着だけを直に羽織って立ち上がったハクアは、常に携帯している小さな無線のボタンを押す。

「衛生局、地域衛生局、応答を」

<<……はい、こちら衛生局でございまぁす。IC番号をどうぞ>>

「ZNW0588OPS776」

<<あ、ハクア様ですね??>>

「その声はレイナちゃんだね??至急、死体の回収を」

<<はぁい、死体回収……っと。場所はどこです??>>

「南とセントラルのCCU」

<<あら、またややこしい場所ですねぇ>>

「頼む。それと、死体が身につけている武器を全部押収して、僕に届けて」

<<はい、武器押収。了解しましたぁ。……ハクア様、それだけですか??>>

「なぜ??」

<<なんだか焦っていますし……僕って言ってますし>>

「ナガレが怪我をしているんだ、医療班を……」

<<ナガレさんが??はい、医療班をハクア様の家に回します。CCUに入る手続きをするよりも、そちらの方が早いですから>>

「ん、悪い、頼むね」

ハクアは無線を切った。

地域衛生局情報受け付け係のレイナちゃんといえば、仕事も頭の回転も速くて、ハクアのお気に入りの一人だ。無線に出たのが彼女で運が 良かった。

良い運気をありがとうございます。ハクアは唯一存在を信じている自分だけの守護神、メソポタミア様に礼を呟き、ナガレを抱え上げた。



何であの男は、わざわざあの通路で狙ってきたんだろう。

隣の部屋では、ナガレが治療を受けている。ハクアはカチカチと器
具のぶつかる音を聞きながら考え込んでいた。

そもそもCCUと呼ばれるあの通りは、セントラルの交通管理局の許可と、その通りによってセントラルと繋がっている南地区管理局の許 可を得て、IC
カード番号をゲートに入力しなくては通れないというややこしい通路である。ハクアは会議のとき、長の特権でナガレと共にあらかじめ自 由通過パスポートを
発行してもらっているため、それを使って容易に利用できるが、一般の者はわざわざ通りはしない。

というのもCCUはそれぞれの地区と地区を結ぶ架け橋のような通路で、両端をゲートで封鎖されている、どこの地区にも属さない道であ る。だからこんな
治安の悪い世の中で、ちょっと隣の地区へ旅行にでも行こうという者がいない限り、使われることがないという言い方が正しい。

……とまあ、こんなにややこしい道だと聞けば、どこにでもいそうな一般人に見える男があの通路にいる不思議さが分かってもらえるので はないだろうか。

しかも、あの耳慣れない音を発する武器。明らかにおかしい。

『コンコン』

ノックの音で、思考が途切れた。

「はぁい、どぉぞ」

「失礼しまぁす。こんにちは、ハクア様。はいっ、これ、押収した武器たち。名づけてブッキーズ」

「ありがとぉ、レイナちゃん」

ひょっこりと顔を覗かせて入ってきた少女に微笑んで礼を言い、“ブッキーズ”を受け取る。

どれも小さな銃のようだった。 けれど。

「こんな形、見た事ないですよねえ」

レイナの言う通り、見た事のない形だ。まず、銃口がかなり細い。

「あっ、それと、こんなのも押収されたから、一応渡しておきますね」

レイナが差し出してきたのは、死んだ男のものと思われるICカードだった。

「MTA50382……南地区の人だったんだぁ??」

「そうみたいですねぇ」

IC番号の初めにつく三つの文字は地区によって違い、南の場合はMTA。ちなみに北はKSPで東がCON、西がFGL、セントラルは QBJだ。ただ長
だけは五人ともZNWから始まる。

「近頃カードを常備していない人が多いみたいですから、男が持っていてラッキーでしたよねっ!!」

「IC番号がわかったってことは、名前とか略歴とか分かるってことだよね……??」

「えっ、まあ……はい」

レイナが歯切れの悪い肯定をしたのには、わけがあった。他の地区の住民の事を知るには、その地区の情報管理課に連絡を取らなければな らない。これの過
程がまた面倒だから、普通は刺客に襲われたとは言え、死んだものはなかったこととして、調べようとすることは珍しいのだ。

でもハクアは、今回だけなぜか引っかかっていた。見慣れない武器のせいかもしれない。

「とにかく、ちょっと調べてみてくれないかな。衛生局の仕事じゃないのは分かってるけど、頼めるのはレイナちゃんしかいないんだよ。 ね??分かったら、
おれっちの無線に連絡して」

長の頼みとあらば、レイナが断ることなど出来なかった。



ナガレの治療が終わり、ハクアが面会を許されたのは、その日の夜も遅くなってからだった。

『コンコン』

「ナガレぇ、入るよぉ」

そっと声をかけてナガレの部屋に入ると、つん、と薬品の匂いが鼻をついた。

「気分はどぉ??」

ベッドに横になっているナガレに尋ねながら、椅子を引っ張ってきて座る。

ナガレはちら、と時計を見て九時を過ぎていることを確認すると、弱々しく笑った。

「…最悪だよ……痛み止めが切れかけてる。今夜は寝れそうにないかな……」

「…ごめんね、ナガレ」

ナガレの痛みにうるんだ瞳を見ていると、とんでもなく申し訳ない気持ちになった。

「気にするなよ、仕事なんだし。それより……あの男の武器、普通じゃなかった」

ハクアは「そうみたいだね」と言って頷く。

「何が起こったの??アレ、妙に銃口が細いんだけど」

「飛んできたのは、銃弾じゃない。……閃光だった」

その時の事を思い出したのか、天井を見ているナガレの顔が、微かに歪む。

「閃光が当たって……体のどっかが弾け飛んだ感じがした」 

だから、あんな傷口だったんだ。ハクアは妙に納得した。

「あんなモノ、どこでつくられているんだろう……」

「今、レイナちゃんに犯人を割り出してもらってるんだ。ICカード持ってたから。レイナちゃんなら、あのややこしい仕事、一日で終わ らせてくれちゃうと
思うよ。そしたら、武器のルートも分かるかも」



ハクアのその言葉は、翌日の昼過ぎに現実となった。

けれど結果は、思いもよらぬものだった。



ナガレが包帯を替えるのを手伝っていると、ハクアの無線が反応した。

「はぁい、ICナンバーZNW0588OPS776、ハクアでぇす」

<<ハクア様、地域衛生局情報受け付け係、個人ICナンバーQBJ15027、レイナです。例の件、分かりましたよ> >

「さっすがぁ、愛してるよっ!!で、どぉだったぁ??」

<<……ICナンバーMTA50382。草辺隆という男です。一応義務なので、調査日をお知らせします。二一ニ八年六月二十日、 つまりまあ昨日です
ねぇ。では、略歴……ニ〇九八年、南地区生まれ。三歳のとき、父親が他界。南地区中央タワー生活課に勤務していた母親と二人で暮らし ていました。ですが
その母親も病気のため、草辺が十五歳の……つまり、二一一三年に死亡。それから草辺はタワーの地域防衛課に勤務、自ら稼いで、南地区 本通りAT01のマ
ンションに、一人で住んでいたそうでぇす>>

「地域防衛課……んー、怪しいね。続けて」

<<はい、えー……十八歳で才能が認められ、より危険なモノを扱う、危険物研究&#