三ヶ月に一度、東西南北と中央(セントラル)の長が集まり
、この地下世界をどう動
かしてゆくかを話し合う会議がある。地下世界には、一つの街に百から百
五十ほどの民がいるか、いないかという状況のため、五人でいくらでも世界を変えることができる。だからこうやって集まり、この世を良
いものにするため、
知恵を振り絞った話し合いが行われているのだ。……表向きは。
けれどいつも結果的に、自分、つまり個々の長がどうやって生き延びるかという話になっていることを、民は知らない。
そして今回もまた、例外ではなかった。
「うちの地区は、税率を少しずつ上げる。民が不満を抱かないように。住まいを提供して、家賃を払わせる」
東の長はこう言った。すると西の長が
「それはいい」
と同意を示す。
「うちは逆だね。人口が多すぎるから、金を払えない者は処分する」
「処分、な」
南の長の言葉に北の長は微かに笑い、続けて自信に満ちた口調で、
「うちは民に金を与え、従わせる。農作物、新しいビル、機械をつくらせる」
と、政策を口にする。「なるほど」と、ほかの長も頷く。
金、金、金。
この会話に一人だけ参加していない者に気づき、南の長は声をかけた。
「おたくはどうします、セントラル」
足と腕を組んで目を閉じたまま、その長はぴくりとも動かない。
「セントラルの長、どうするのです」
南の長は、我慢が嫌いだった。しかも東西南北の長はみな、五十代から六十代。年輩の者に対する礼儀を身につけていないのか、この若輩
は。いつもそう
思ってやまなかった。
それでも長たちがセントラルの若者にだけ敬語を使うのには、わけがある。
「セントラルの長。あなたは資金をどのように……」
「―金??」
ようやくセントラルの長は、南の長の言葉を遮るようにして呟いた。そして。
くすっと、笑った。
「バカバカしい」
目を開けて立ち上がり、ゆっくりと部屋中を歩きはじめる。その姿は、部屋にいる他の四人の長の八つの目を、しっかりと引きつけた。
それはまるで。
漆黒の同じ生き物たちの中にたった一羽だけ羽を広げる、純白の鴉のように。
美しく、そして堂々と。
窓辺に立って、そのシルエットだけを浮かび上がらせる。
「ここをどこだと思っている。生きるのに富なんか必要ない。民は自らのことで精一杯で、他人と金を突きつけ合い、モノを売買すること
など考えもしないだ
ろう。本当に必要なのは、絶対不動の権力。それだけ」
四人の長の背に走る戦慄。若輩といえども計り知れない、白い鴉の正体。
彼(か)の鳴く声は、静かに、そして高らかに。
真実のみを、黒い鳥たちに告げる。
ここを、どこだと思っている。
「数十年前の地球、地上世界、すなわち天の国じゃない。地の国、地国(じごく)………地獄なんだ」
「ハクアさまぁ~??」
来るかな、と思っていたら、やっぱり来た。
「あっ、ナガレぇ!!今会議終わったとこだよ!!帰ろぉそうしよぉ~!!」
そそくさと逃げ出そうとするハクアと大きく距離を開けることなく、ナガレはぴたりとついて行く。
「何故会議であんなに真面目になれるのに、普段の仕事もそうなさらないのです!?」
「あ、やっぱり外まで聞こえてたァ……??」
「当たり前ですっ!!」
ぷんぷんと怒っている従兄弟がなんだか妙に可愛くて、ハクアはそのまま怒らせておくことにして、歩みを進めた。
意味もなく、頭に浮かんだ旋律を口ずさむ。
「口笛はナゼぇ~ 遠くまで聞こえっるっの!!
あの雲はナゼぇ~ わたァしを待ってるのっ!!
おっしィえてェ おじィ~さん~
おっしィえてェ おじィ~さんっ
おっしっえってェ~ アルミのモミの木よォ~」
「“アルムの森の木”ですけどね??」
「えっ、いいんだよ、“モミの木”で!!」
「……そうですか」
外を歩く時、決まってナガレはすぐ無口になる。あの柱の陰に、あのダストボックスのうしろに、すぐそこの壁の窪みに……ありとあらゆ
るところへと神経
を集中させ、どこから現れてもおかしくない刺客に備える。
ナガレがこうしてかまってくれないのでつまらないから、ハクアは左右のポケットに一人ずつ入っているクルルとクリリに歌ってやってい
た。
「口笛はナゼぇ~ 遠くまで聞こえっるっのっ!!
あの雲はナゼぇ~ わたァしを待って……
ん??」
ハクアは急に歌をやめ、立ち止まって不満そうな顔をした。
「ねぇナガレぇ~??」
「はい」
ハクアの方を見もせず、辺りに注意を払いながら、適当な返事をするナガレ。
「雲がわたしを待ってるわけないじゃんね??」
「そうですね」
「これって随分、自意識過剰だよね」
「そうですね」
「雲は風が吹けば流れて行くし。別に待ってるわけじゃないのに、勘違いしてるんだよ、きっと」
「そうですね」
「しかも、おじいさんに教えてもらってばっかりでェ、自分で学ぼうという意力が感じられなぁ~い!!」
「そうですか」
「ナガレにもあったんでしょォ、そういう時代」
「ですね」
「へぇ、あったんだ??」
「ですね」
「甘ったれだねぇ??」
「ですか」
「………」
「………」
「…もういいもんっナガレなんかっ!!」
ダメだ。早く帰っていつものナガレを取り戻そうっ!!
ナガレの手を引いて走り出そうとしたハクアの前に、いきなり暗い影が立ちはだかった。
さっきからこのバカ長は、歌ったり騒いだりと、自分の存在を主張してしまっている。だがそれを指摘したところで言うことをきくわけも
なく、ナガレは周
りに目を光らせることに集中し、ハクアの話は適当に流した。この呑気な長は気づいていないようだが、彼が酔っぱらったみたいに大声で
歌い出したときか
ら、どうも妙な気配がする。
適当に相槌を打っている間に何かおかしなことを言ったのか、ハクアにぐいと腕を引かれた。 その時。
視界の端で、何かが動いた。
「ハクア様ッ!!」
叫び声と一緒に、目の前にナガレの広い背中が現れた。頼りある背中だなァと、庇われる度に思う。
『ピキュン……!!』
耳慣れない妙な音がして、目の前のナガレの体が、ふっと揺れた。
「ナガレッ!?」
「大……丈夫です、ハクア様」
返ってきた声はいつも通り落ち着いていたが、どこか苦しそうだ。
ポタン。
微かな音に下を向くと、ナガレの足元に数滴の赤黒い液体が滴っていた。
「ナガレッ、撃たれたのっ!?」
「ハクア様、今回はまずいかもしれません。どうかわたくしの後ろから動かないでください」
ナガレの静かな声。ハクアは従兄弟がキレていると悟った。
しばしの沈黙。そして……
『カチッバン!! ピキュン!!ドサッ!!ガチャン!!』
様々な音が、瞬時に飛び交った。ナガレが撃鉄を下げるとほぼ同時に発砲する。これは、並大抵の人ができる早業ではない。その短い銃声
とともに、またあ
の耳慣れない音。続くのは、何かが倒れる音とナガレの落としたリボルバーが固い地面に当たるそれ。
ふっと視界が開け、見えたのは額を撃ち抜かれて倒れている男。
その生々しい姿から目を離し、いつの間にかすぐ横の壁に背を預けて崩れるように座り込んでいるナガレに駆け寄る。
「ナガレ!!」
白いシャツの脇腹が紅く染まっている。ナガレは左手で右肩をつかむように押さえながら、目を閉じ、顎をあげて喘いでいた。左の指の間
から、鮮血が流れ
はじめる。
「ちょっと、手、よけて!!」
引きはがすようにナガレの手を傷から離し、シャツのボタンを開けてぐいと引き下げる。
露になった右肩には、銃創とも違う、けれど抉るような傷がぱっくりと口を開け、おびただしい量の血が、先を競うように流れ出す。
ハクアは自分のシャツを脱いで無理矢理裂き、思い切り傷をしばった。ナガレの顔が、苦痛に歪む。
上着だけを直に羽織って立ち上がったハクアは、常に携帯している小さな無線のボタンを押す。
「衛生局、地域衛生局、応答を」
<<……はい、こちら衛生局でございまぁす。IC番号をどうぞ>>
「ZNW0588OPS776」
<<あ、ハクア様ですね??>>
「その声はレイナちゃんだね??至急、死体の回収を」
<<はぁい、死体回収……っと。場所はどこです??>>
「南とセントラルのCCU」
<<あら、またややこしい場所ですねぇ>>
「頼む。それと、死体が身につけている武器を全部押収して、僕に届けて」
<<はい、武器押収。了解しましたぁ。……ハクア様、それだけですか??>>
「なぜ??」
<<なんだか焦っていますし……僕って言ってますし>>
「ナガレが怪我をしているんだ、医療班を……」
<<ナガレさんが??はい、医療班をハクア様の家に回します。CCUに入る手続きをするよりも、そちらの方が早いですから>>
「ん、悪い、頼むね」
ハクアは無線を切った。
地域衛生局情報受け付け係のレイナちゃんといえば、仕事も頭の回転も速くて、ハクアのお気に入りの一人だ。無線に出たのが彼女で運が
良かった。
良い運気をありがとうございます。ハクアは唯一存在を信じている自分だけの守護神、メソポタミア様に礼を呟き、ナガレを抱え上げた。
何であの男は、わざわざあの通路で狙ってきたんだろう。
隣の部屋では、ナガレが治療を受けている。ハクアはカチカチと器
具のぶつかる音を聞きながら考え込んでいた。
そもそもCCUと呼ばれるあの通りは、セントラルの交通管理局の許可と、その通りによってセントラルと繋がっている南地区管理局の許
可を得て、IC
カード番号をゲートに入力しなくては通れないというややこしい通路である。ハクアは会議のとき、長の特権でナガレと共にあらかじめ自
由通過パスポートを
発行してもらっているため、それを使って容易に利用できるが、一般の者はわざわざ通りはしない。
というのもCCUはそれぞれの地区と地区を結ぶ架け橋のような通路で、両端をゲートで封鎖されている、どこの地区にも属さない道であ
る。だからこんな
治安の悪い世の中で、ちょっと隣の地区へ旅行にでも行こうという者がいない限り、使われることがないという言い方が正しい。
……とまあ、こんなにややこしい道だと聞けば、どこにでもいそうな一般人に見える男があの通路にいる不思議さが分かってもらえるので
はないだろうか。
しかも、あの耳慣れない音を発する武器。明らかにおかしい。
『コンコン』
ノックの音で、思考が途切れた。
「はぁい、どぉぞ」
「失礼しまぁす。こんにちは、ハクア様。はいっ、これ、押収した武器たち。名づけてブッキーズ」
「ありがとぉ、レイナちゃん」
ひょっこりと顔を覗かせて入ってきた少女に微笑んで礼を言い、“ブッキーズ”を受け取る。
どれも小さな銃のようだった。 けれど。
「こんな形、見た事ないですよねえ」
レイナの言う通り、見た事のない形だ。まず、銃口がかなり細い。
「あっ、それと、こんなのも押収されたから、一応渡しておきますね」
レイナが差し出してきたのは、死んだ男のものと思われるICカードだった。
「MTA50382……南地区の人だったんだぁ??」
「そうみたいですねぇ」
IC番号の初めにつく三つの文字は地区によって違い、南の場合はMTA。ちなみに北はKSPで東がCON、西がFGL、セントラルは
QBJだ。ただ長
だけは五人ともZNWから始まる。
「近頃カードを常備していない人が多いみたいですから、男が持っていてラッキーでしたよねっ!!」
「IC番号がわかったってことは、名前とか略歴とか分かるってことだよね……??」
「えっ、まあ……はい」
レイナが歯切れの悪い肯定をしたのには、わけがあった。他の地区の住民の事を知るには、その地区の情報管理課に連絡を取らなければな
らない。これの過
程がまた面倒だから、普通は刺客に襲われたとは言え、死んだものはなかったこととして、調べようとすることは珍しいのだ。
でもハクアは、今回だけなぜか引っかかっていた。見慣れない武器のせいかもしれない。
「とにかく、ちょっと調べてみてくれないかな。衛生局の仕事じゃないのは分かってるけど、頼めるのはレイナちゃんしかいないんだよ。
ね??分かったら、
おれっちの無線に連絡して」
長の頼みとあらば、レイナが断ることなど出来なかった。
ナガレの治療が終わり、ハクアが面会を許されたのは、その日の夜も遅くなってからだった。
『コンコン』
「ナガレぇ、入るよぉ」
そっと声をかけてナガレの部屋に入ると、つん、と薬品の匂いが鼻をついた。
「気分はどぉ??」
ベッドに横になっているナガレに尋ねながら、椅子を引っ張ってきて座る。
ナガレはちら、と時計を見て九時を過ぎていることを確認すると、弱々しく笑った。
「…最悪だよ……痛み止めが切れかけてる。今夜は寝れそうにないかな……」
「…ごめんね、ナガレ」
ナガレの痛みにうるんだ瞳を見ていると、とんでもなく申し訳ない気持ちになった。
「気にするなよ、仕事なんだし。それより……あの男の武器、普通じゃなかった」
ハクアは「そうみたいだね」と言って頷く。
「何が起こったの??アレ、妙に銃口が細いんだけど」
「飛んできたのは、銃弾じゃない。……閃光だった」
その時の事を思い出したのか、天井を見ているナガレの顔が、微かに歪む。
「閃光が当たって……体のどっかが弾け飛んだ感じがした」
だから、あんな傷口だったんだ。ハクアは妙に納得した。
「あんなモノ、どこでつくられているんだろう……」
「今、レイナちゃんに犯人を割り出してもらってるんだ。ICカード持ってたから。レイナちゃんなら、あのややこしい仕事、一日で終わ
らせてくれちゃうと
思うよ。そしたら、武器のルートも分かるかも」
ハクアのその言葉は、翌日の昼過ぎに現実となった。
けれど結果は、思いもよらぬものだった。
ナガレが包帯を替えるのを手伝っていると、ハクアの無線が反応した。
「はぁい、ICナンバーZNW0588OPS776、ハクアでぇす」
<<ハクア様、地域衛生局情報受け付け係、個人ICナンバーQBJ15027、レイナです。例の件、分かりましたよ>
>
「さっすがぁ、愛してるよっ!!で、どぉだったぁ??」
<<……ICナンバーMTA50382。草辺隆という男です。一応義務なので、調査日をお知らせします。二一ニ八年六月二十日、
つまりまあ昨日です
ねぇ。では、略歴……ニ〇九八年、南地区生まれ。三歳のとき、父親が他界。南地区中央タワー生活課に勤務していた母親と二人で暮らし
ていました。ですが
その母親も病気のため、草辺が十五歳の……つまり、二一一三年に死亡。それから草辺はタワーの地域防衛課に勤務、自ら稼いで、南地区
本通りAT01のマ
ンションに、一人で住んでいたそうでぇす>>
「地域防衛課……んー、怪しいね。続けて」
<<はい、えー……十八歳で才能が認められ、より危険なモノを扱う、危険物研究