から」
「了解。じゃあ…おやすみ」
「ん、おやすみ」
「あ??なんでおれがあんたと同じ部屋で寝なきゃなんないんだよ
」
ナガレは、ユンがこう抗議してくることを予測済みだった。
「なんでって、お前が寂しがるんじゃないかと思って」
「あー、そうですか、それはありがとうございます。だけどな、おれは全く寂しくなんかない」
「そう??ホームシックになっちゃう時期かなって」
「あのなぁ…」
続けて文句を言おうとしたユンの口が、はっとつぐまれた。
ナガレがベッドに座るユンの正面に立ち、次の瞬間、ベッドに片膝を乗せて、ユンを押し倒したのだ。
「おい、ちょっと…」
「ふふん、焦っちゃって。初々しいね」
「待てって、あんた!!そういう趣味だったのかよ…!!ちょ…やめろったら!!」
暴れるユンの動きを膝で封じ、長い指ですっと輪郭をなぞり、そのまま首筋を撫でる。
「ユン、彼女いたこと、ある??」
「ねぇよ…!!…だから、やめ…」
首に這わせていた手で、ユンの口を塞ぐ。
「静かに。人が来ちゃうだろ」
「…本気かよ、お前…」
ナガレの手を押しのけて呻くユンは、耳まで真っ赤だ。
「…なぁ、お互い、落ち着こうぜ…。いいか、まず、お前はベッドから降りる。な??…んでもって、二人とも椅子に座るわけだ。それ
で…」
「それで??」
「それで……」
「ほら、言ってみな」
絶対に今のユンには恐怖を与えるであろうと確信できる微笑を浮かべる。
思惑通り、ユンの瞳には妖艶に映ったようだ。
「いや、だから…!!」
脇腹を撫でてやると、泣きそうな表情で腕を抑えてきた。
「だから、まずいって…!!落ち着け、な??いくらおれが魅力的だからって、おれ、同性に興味は…」
「愛してるんだ」
耳元に顔を寄せて、囁く。
唇の先を僅かに、獲物の耳に触れさせて。
「…は??」
「おれは、愛してるんだよ、ユン。きみがおれに興味がなかったとしても」
「…病気だぜ…あんた…」
「恋の病だね」
くすり、と笑ってみた。
「やめろよ…!!ほんとに、やめてくれって!!あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ…!!」
「冗談じゃないから、でしょ??」
「あ…のな…」
潤んだ瞳で見上げてくるものだからとうとうナガレも耐えきれなくなって、顔をそらせ、思い切り吹き出した。
ベッドの隅に腰掛け、腹を抱えて笑う。
「いや、ユン、き、きみ、最高だよ…っ!!やばい…おかしい!!」
「え、だってあんた…あんた…嘘だ、今の全部、演技だったのか!?」
「なにっ、本当に信じ込んじゃったわけ!?」
狼狽するユンがおかしくて、さらに笑う。
最初はユンを牽制するためだった。
多少の恐怖を与えれば、ユンが敵だとしたら、動きづらくなるだろう、そう考えただけだったのだ。
やっと笑いを鎮め、尋ねる。
「ドキドキしちゃった??」
「寿命が縮んだ」
「女達に言ってあげたらすっごく喜ぶ台詞ばっかりだったのに」
「…女達って…そんなに何人も口説いた事があるのか!?」
「仕事上ね。本気で口説いた事はないよ??」
「あんたに口説かれたら、誰でもオちそうだな」
「上手くやればね」
「…あんたって、信じられないくらい完璧な人間だな」
ユンのその声音には、僅かな怯えが滲んでいた。
例えおふざけでも、襲われたのがそんなに恐ろしかったのだろうか。
「ごめんって、もう絶対しないから。ほら、寝るよ。ユンはベッドを使うといい。おれはソファで十分だからさ。はい、おやすみー」
不信そうな視線を感じながら、電気を消した。
「…結局なんで、あんたがこの部屋で寝るんだよ」
小さな呟きが、暗闇を漂う。
重さ重視か、威力重視か…
…重さだろうな。
ナガレは両手に一つずつ持った拳銃を比べ、右手に持っていた方を茘枝に差し出した。
「はい、これ。持っていた方がいい。何が起こるか分からないしね」
「でも…僕、使ったことが…」
「簡単だよ、ほら」
左手に持っていた拳銃を自分のポケットに突っ込み、茘枝の右手に回転式拳銃を握らせる。
「いい??グリップをこう握るように持つ。で…人差し指をトリガーにかけて…そう」
背後に回って、右腕をまっすぐ上げさせる。
「弾丸を装填したら、ここの…そう、それ、その撃鉄を引き起こす。この操作を忘れたら駄目だよ。これで引き金を引いたら、発射される
から。ね、簡単簡
単。…試しに、撃ってみたら??」
「あのー、ナガレ先生ー」
正面の椅子に座っていたユンが、小さく手を挙げる。
「さっきからですねー、銃口がこっちに向いてるんですけどー」
「いい??標的から目を反らしちゃダメだよ、茘枝。慣れてないから、右腕をこう…左手で支えても大丈夫だから」
「無視ですか。殺す気ですか」
「よし、撃ってみよう」
「聞けよ!!」
ユンが慌てて床に伏せると同時にパンッと鋭い音がして、彼の座っていた椅子に詰まっていた羽が、宙に舞った。
「ほら、撃てた撃てた」
「本気で撃つなよ!!」
「大丈夫、ユンなら避けれると思ってた」
ナガレは、銃口から細く上がる煙を感動したように見つめている茘枝の頭を、ぽんっと撫でる。
「自分の身を自分で守らなきゃいけない状況になるかもしれないからね。しっかり覚えておくんだよ」
「…はいっ!!」
茘枝の返事と同時に、ハクアが入ってくる。
「…なにしてんの」
床に這いつくばったユンを見て、目を細めた。
「掃除してやってたんだよ」
渋い顔をして、ユンは起き上がる。
「はい、茘枝くんにプレゼントなりー」
真新しいCCUの通行カードが、ハクアから茘枝の手へ渡った。
「なくしちゃダメだよ??」
「ありがとうございます!!」
「それからみんな、まだ早朝だから、この家から出たらCCUに入るまで喋らないこと。地域の平穏を乱したくないからね」
「はいっ」
「分かりました」
「ん」
それぞれの答えに、ハクアは深く頷く。
「それじゃあ、最終確認。全員、護身用の武器はある??」
沈黙が示す、肯定。
「CCUの通行カード」
沈黙。
「パジャマの人は…いないね。よし、オッケー!!最後に、質問のある人は??」
「…あのー…」
茘枝が、恐る恐る尋ねた。
「ナガレさんはハクア様の護衛で、ユンは案内人で…僕は、南地区に行ったら、何をすればいいんですか…??」
「頭脳が必要な状況になったら働いてもらうけど、それ以外の主な役割は、足手まといにならないことかな」
「わかりましたっ」
「他に質問は??」
三人をぐるりと眺め回した末。
「それじゃあ…行くよ。…全員、口にチャック!!」
早朝のセントラルタウンは、不気味なほど静かだ。
いつもは物騒なほど賑わっている商店街にも、人影はない。
先頭はハクアとユンが並び、そのすぐ後ろをナガレと茘枝が歩く。
久しぶりの重い任務に、ナガレは小さく深呼吸する。CCUまでの道のりが、やけに長く感じられた。
南地区へ繋がるCCUの入り口で、ハクアは立ち止まった。
その背には、緊張がある。
ゆっくりと、自分のカードをカードリーダーに通す。
重い扉が、開いた。
【行くよ】
口の動きだけで、仲間達に伝える。
長に続き、残りの三人も次々とカードを通し、CCUに踏み込む。
バタン。
背後で扉が閉まったとき、ユンがふっと息を吐いた。
「これから、だな」
「そうだね」
小さく返すハクア。
「修羅場への入り口は、もう見えているぞ」
長いユンの手が、前方を示した。
すぐそこに、南地区の入り口であり、出口である扉がある。
「…よしっ」
ハクアが決心したように一歩踏み出した…
刹那。
南地区の扉が、向こうから、開いた。
「え!?」
誰かが、声を上げる。
小さな舌打ちも聞こえた。
「誰か…来る…」
震える茘枝の声に我に返り、ナガレはサッと、ハクアを背後に庇った。
同時にユンも、茘枝の前に立つ。
そして、呟く。
「…清水だ」
先頭に立って近づいてくるのは、大柄な男。
背はナガレよりさらに頭一つ分以上大きい。
鋭く、細い目に団子鼻。油っぽい黒髪、同じ色の無精髭。
ごつごつとした手に握られた拳銃の先が、こちらを向いて光った。
彼の後ろには、十数人の武装した男達。
「…生きていたいなら、おれの後ろから離れるな、茘枝」
ユンのその言葉に、茘枝がどう返したのかは分からない。
南の長の低い声が、通路に響いた。
「どうも、セントラルの長とそのご友人。どうやらこちらに、用があるようですな」
「精通者か密告者…裏切り者が、いたってことだね」
ナガレは背後からのハクアの声を聞き、静かに、震える息を吐いた。