二、




 倫慶は、混乱していた。
 突然京に現れた美しい若者が、刺客の刺客だと身を明かし、政を乱すと宣言する。
 そのために毒草がいる、と。 

 そもそも、刺客の刺客とは何事であろうか。
 まったく、わけがわからない。

「…それほど熱心に見つめられたら、落ち着かなくて眠れないだろう」

 突如、思考が遮断された。
 とうに寝入ったと思っていた柊羅が、目を閉じたまま、呟くように声を発したのである。
 寝言かと思えば、そうでもないらしい。

「視線を感じるんだ。さっきからずっと、おれのことを見ながら考え事をしていただろう」

「あ…ああ」
 動揺しながら答えると、柊羅はそっと目蓋を上げた。

「聞きたいことがあるなら、言ってみたらどうだ。
 あんた、おれが政を乱すと言っても、何も問うてこなかっただろう」

 倫慶からすれば、あまりにも突飛な話で、なにをどう問うて良いやらわからなかったのである。
 ただ、「…そうか、それは大変だな」と、腑抜けた言葉が口をついただけだったのだ。
 倫慶は茵から身を起こし、暗闇の中で胡座をかいた。

「お前、刺客の刺客を請け負う請負人と言ったな」

「ああ」

 単発であるが、しかし明瞭な答えが返ってくる。
 おもしろがっているような口調でもあった。

「よくわからんが、そんな物騒な輩が、どうして京に?お前は、どこから来たんだ?」

「どこから?…京の外から、だな」

「そんな分かりきったことは聞いてない。
 なぜ政を乱さねばならないような事情になったのか。
 俺はそれを知りたい」

「…知りたい……本当に?」
 柊羅は滑らかな動作で起き上がると、倫慶と膝を突き合わせた。
 揺れることのない視線に、倫慶はたじろぐ。

「おれが言ってるのは、そこらの公家の悪口や、下らない諍いの話ではない。
 それでも本当に、知りたいと望むのか」

「う…」

 知らない方がいいような気もする。
 だが、自分の売った毒草が、自分の知らないところで人に害を与えるとなると、いささか気味が悪い。

 …待て、そもそも俺はいつ、この男に毒草を売ると決意したんだ?

 葛藤する倫慶を見て、それまで無愛想だった柊羅が、微かに笑った…ような気がした。
 月光の悪戯とも思えるその微笑は、けれども刹那の後に消え去ってしまい、
 再び美麗な、しかし冷然な一人の男へと戻っていた。

「あんたが本気で知りたいと望むのでなければ、知らない方がいいかもしれない。
毒草のことも…忘れてくれて構わない。巻き込もうとして、悪かったな」

 ただの旅人に、寝床を貸しただけだと思えばいい、ということらしい。
 しかし、そんなわけにもいかないのだ。

「…柊羅…お前さん、さては相当な世間知らずだな」

「…は?」

「お前さん泊まる場所を探していたようだが、宿などあるわけなかろう」

「…ないのか?」

「だから世間知らずだというんだ」
 倫慶が呆れた、と溜め息をつくと、柊羅は面食らったように顎を引いた。

「気付かないもんかなぁ。この辺りに住んでるのは、もっぱら京の役人だ。ちょっと離れれば、
お偉方のお屋敷。ここは京だ。日暮れで大分人通りが滞っていたからよかったものの、
お前さんのような笠かぶって脇差ししたもんが、ふらふらと歩いて怪しまれないわけがない」

「……おれの見当違いでなければ…」

 それまでとは打って変わり、柊羅の口調は逡巡する。

「…あんたは、おれを庇い、匿ってくれているのか」

「…まったく、お前さんの度胸には恐れ入るね。身の程知らずもいいところだ」
 間接的に肯定し、倫慶は二度目の嘆息をした。

「…それに、おれの聞き間違えでなければ…あんたは役人か。薬屋ではなかったのか」

「用もないのに草を刈って梁から吊るす趣味はない。薬屋は俺の裏仕事だ」

「…待ってくれ。ともすれば…」
 柊羅の鋭利な眼光が、倫慶を射抜き、見透かす。

「…もしかしてあんたは…あんたの正体は、極悪人じゃないのか」

「俺の正体も、だ。お前さんも相当悪い奴らしいからなぁ」

「まさか」
 心外だ、と言わんばかりの表情である。

「おれはただ、依頼を受けるだけだ」

「帝から見れば、あんたは極悪非道そのものだろうさ」

「猫かぶりが何を言う」

「なんとでも言え。善人か悪人か、最初に見抜けなかったお前さんの洞察力の問題だろう」

 柊羅の敗北は確実であった。

「柊羅、お前さんは流れ者だからなぁ…藤原良房(ふじわらのよしふさ)殿を知っているか」

「…聞いたことくらいはある。帝の外祖父だろう」

「そうだ。では良房殿のご兄弟である良相(よしみ)殿は?」

 柊羅はスッと目を細めた。

「……知らない」

「そうか。では最初から話さなければな。
 良房殿は現在事実上、政権を握っている。
 ところが弟の良相殿の方がどちらかといえば人望があるんだ。
 それで良房殿は良相殿を警戒し、左大臣源信と手を組んだ」

「…待て。なぜそこで突然、左大臣が出て来るんだ」

「良相殿の方が、大納言伴善男を味方につけたからだろうな。善男殿と信殿は不仲だ。
 まあ善男殿は狡猾でそれほど人に馴染める人物ではないから、
 良相殿が善男殿を味方につけたところで、それほど警戒する必要もないと思うがな。
 ただの摂関家の政権争いだ」

 藤原良相は人望が厚い。けれど彼が手を組んだ伴善男は、他人と馴染める人物ではない。
 ならばなぜ、両者が手を組むのだろうか。
 それは柊羅が“今回の依頼を受けたときから”、疑問に思っていたことであった。 

「…それで?倫慶、あんたはそんなややこしい啀み合いのどこに、首をつっこんでいるんだ」

「尋ねられたんだ、信殿に。あの狐面の伴善男を、なんとかできないかって」

「…あんたはただの役人だろう。左大臣ともあろう御方が、なぜあんたなんかに…」

「俺がこいつらを扱っているのを、ちょっとした手違いで信様に知られてしまったんだ」
 倫慶の視線を追えば、天井から下がっている薬草が目につく。

「…こんな草がどうしたっていうんだ」

「……陰陽師」

 倫慶のその呟きは夜風を思わせるような微かなもので、柊羅は危うく聞き逃すところだった。

「…何」

「陰陽師。あいつらは占筮やらなにやらを行う技官だ」

「…センゼイ?」

「竹の棒を使って占うんだと。星を観て世の行く末を知ることもできるらしい」

「…胡散臭い」

「もっともだな」
 倫慶はそう言って小さく吹き出した。

「俺もそう思う。官職とはいえ、それほど高い地位にいるわけでもない。だが、厄介といえば厄介だ」

「何が」

「信殿は、伴善男を貶めようとしていることを周囲に知られては、
御自分の立場が危うくなると考えている。
同じ大内裏にいる陰陽師たちに、自分の考えを読まれちゃまずいだろう?
そこで、俺の薬草の出番ってわけだ」

「……」

 しばし口を閉ざし、出し抜けに、柊羅は言った。

「…さっぱり理解できない」

「俺の草を使って、陰陽師たちの目を曇らせる」

「…大量の雑草を燃やして、煙で視界でも遮るつもりか」

「馬鹿か、お前さんは。ある種の草には、才を鈍らせる効果があるらしい」

「……才?」

「ああ。陰陽師たちの、占いの才。星見の才」

 危うく溜め息をつきかけた。
 占術…
 柊羅にはどうも理解し難い観念である。

「…倫慶」

「うん?」

「すまなかったな」

「なぜ謝る?」

「…おれはあんたが話す前から、良相殿を知っていた」

 一瞬間を置き、ほう、と、倫慶は目を細める。

「良相殿は…依頼人だ。政を乱してくれとおれに依頼してきた、本人」

「…まさか!」

「あんたが何者なのか、知りたかったから黙っていた。
 …倫慶、おれと、手を組まないか」

「…は?戯言(たわごと)をほざくな」
 倫慶がスッと立ち上がる。

「お前さんは良相殿と善男殿の側、俺は良房殿と信殿の側。偽りなき敵同士だろう!
 畜生、お前さんを拾わなきゃよかった」

「おれを拾ってなかったら、哀れな小鳥は今頃苦しんでいるだろう。
 腰を据えろ。落ち着いておれの話も聞け」

「聞けるか、阿呆」
 しかし柊羅が鋭く一瞥すると、ぴくりと肩を揺らし、再び茵の上に腰を下ろした。

「倫慶あんた、伴善男をどうにかしてくれないかと頼まれたと言ったな」

「…ああ」

「他にはなにか言われたか?」

「…くれぐれも、良房殿と信殿の名は汚さぬよう配慮せよ、と」

「…そうか」
 しばらく考え込んだ柊羅は、やがて小さく頷く。

「おれは政を乱せと言われただけだ。良相殿と善男殿の御身については、なにも諭されなかった。
 …二人で手を組めば、仕事が楽になる。
 良房殿と信殿の名を汚さぬよう、政を乱せばいい。
 あとのことは知らん」

「…まあ、随分と好都合な…」

「依頼人に頼まれたことをするだけだ。それ以上もそれ以下もあり得ない。無駄な干渉はしない」

「…しかし考えろ、柊羅」
 倫慶の声に、明らかな疲労が滲む。

「いいか、良房殿は実験を握っておられる。信殿は左大臣だ。政を乱しておきながら、
御二方に影響を出さないことなんて、できるわけがないだろう。帝もまだお若いのに」

「誰も影響を出さないとは言っていないだろう。悪いようにはしないということだ」

「…柊羅、そこまで言うならお前、そんな上手い方法を考えているんだろうな?」

「無論。愚問を申すな。……もう一度尋ねる。


 倫慶、おれと、手を組まないか」 

 









  

・・・・・・・・・なかがき・・・・・・・・・・・

 み…短い。
 みなさん、ご無沙汰しておりました。
 なのにこの短さは…

 そして、柊羅と倫慶の出会いがいつの間にか摂関家の権力争いに。
 ややこしい展開になってきましたが…きちんと状況をお伝えできているでしょうか…?

 
 もしも「なにこれよくわからんてゆーかなに言ってんのかしら」という方がいらっしゃったときの為に、
 ここで状況整理をしてみましょう。

 簡単に言えば、藤原良房と良相兄弟の権力争いに、
 源信が巻き込まれ、伴善男が巻き込まれて、その火の粉が倫慶と柊羅にも飛んできた、と。

 まだ幼き帝を補佐するために実験を握っている良房は、自分よりも人望のある良相を恐れた。
 さらにその良相が伴善男を味方につけたとなれば、良房も黙ってはいられない。

 伴善男と不仲である左大臣源信を自分側につけることにした。
 良房からどうにかしてくれと頼まれた信は、これまたどうにかしてくれと、倫慶に頼んだ。

 一方、良相と伴善男は、請負人である柊羅に、どうにかしてくれと頼んだ。

 という感じで…。

 

 政治とはややこしいものです。こんなものをネタに小説を書こうというのも、また愚かなのかも。
 それでも付き合ってやろうというお優しい方は、三章も期待し過ぎず、お待ち下さいませ。


 そして。
 掲示板に正直な感想やらなにやらを残していただけると大変嬉しいです。
 今後の参考と活力になります故…。

 では、また。

 《鹿鈴》




第  章



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